ヴィパッサナ瞑想記 in カリフォルニア 6

 

Day 7

 

朝の4時。

 

一週間前は、朝この時間に起きるのが

辛くて辛くてしょうがなかった私も

この頃になると、サクッと目を覚まし

白湯を飲んで、4時半からの個人瞑想を

すぐに始められるようになりました。

 

心の汚濁であるという「睡魔」を

感じなくなってきたことと

食事よりも、集中して瞑想することの方が

楽しみになってきたことが

心の中ではちょっと嬉しかった、、、。

 

 

 

「私、早朝の瞑想が一番好きなの」

 

 

 

ルームメイトがコース前のおしゃべりで

こう言っていたことを思い出し

この日からは、早朝の瞑想を行う際は

自分のベッドの上ではなく

瞑想ホールに出向いて座るようにしました。

 

 

起きたばかりの時間というのは

心が活動した後の日中や夜の時間に比べ

思考や妄想が起こりにくいことが判明し

真剣に取り組むととても集中できます。

(気づくのに一週間もかかった私〜。苦笑)

 

 

早朝の瞑想を終えて外に出てみると

まだ鳥達も寝静まっていて

夜明け前の世界の静けさと

自分の心の静けさが重なり

その無音の境地の中に、なんだか

神秘的なエネルギーすら感じていました。

 

 

朝食のためにダイニングホールへと歩き始めると

私の前方に、60歳前後とみられる

脚の悪いチャイニーズ系のアジア人の女性が

杖をつきながらゆっくりと歩いている姿が

見えました。

 

この女性、いつもはダイニングホールへの行き来は

マネージャーがゴルフカートで送り迎えしているのに

この朝はなぜか迎えがなかったようで

杖をつきながら懸命に歩いていました。

 

実は、瞑想ホールにおいては

参加者はどこに座るか事前に決められており

古い生徒から順番に、前の列に指定されるのですが

この女性の座っている場所からすると

女性参加者の中でも、過去に一番多く

コースに参加してきた人ということを

伺い知ることができる方でした。

 

これまで沢山のコースに参加してきている

大先輩なのだし、杖をついている人を

早足で追い抜いてしまうのは無神経かしら、と

余計な気配りをし、彼女を追い越す際は

若干歩くスピードを落としました。

 

ですが、さらに後ろから来た人達は

そんなこともおかまいなく

彼女をさっさと追い越しては

次々にダイニングルームに入っていきます。

 

 

その光景に対しては、特に何も思うことなく

朝の静寂を感じ終えてから

カチャカチャと食器の音の響く

ダイニングルームのドアを開けました。

 

 

 

 

その5分後、、、。

 

 

 

「一体どういうことよ!

もうこれで2回目じゃない!

いい加減にしてよね!

どうして迎えに来てくれなかったの!」

 

 

 

さっきまで感じていた静寂を

一気に破るような大声が

突如、ダイニングルーム中に響き渡りました。

 

 

声のする方を向くと、、、

先ほどの脚の悪い女性が

黒人の女性マネージャーを

怒鳴り散らしていました。

 

 

あるはずの迎えがなかった!

長い道のりを歩かされた!

食事の時間が短くなった!

脚が痛い!

なんていう不注意なんだ!

 

 

口から出てくるのは、不平不満と文句ばかり。

 

 

瞑想の大先輩というイメージが先行していただけに

正直ショッキングでした。

 

 

「老いの苦」とはこういうことなのだろうか、、、

 

 

などと思いつつ、さっさと朝食を済ませ

気まずい空気の漂うダイニングルームを

後にした私。

 

 

実はこのあと、この女性は昼休みに

ティーチャーところにまで行って

「あるはずの迎えがなくて非常に不愉快だ!」と

愚痴をこぼしていましたが、ティーチャーから

「マネージャーはあなただけのために

働いているのではないのです」と

諭されていた模様。

 

 

 

ブッダは、「ダンマ」という自然の法則を

発見したのですが、このダンマの道を歩み

心を浄化する過程には

3つの大切な修行段階があります。

 

 

 

シーラ(道徳)を守り

不健全な行いをしないこと

 

サマーディ(精神集中)によって

「平静さ」を育成すること

 

パンニャー(知恵)によって

「洞察力」を育成すること

 

 

このうちどれか1つでもかけると

解脱に至ることはありません。

 

 

そして、シーラ(道徳)を守ることの中には

正しい言葉、正しい行為、正しい生計

ということが含まれます。

 

 

さらにこのシーラは、サマーディ(精神集中)と

パンニャー(知恵)の土台となっている為

シーラを大切にしない生徒は

何度コースに参加しても進歩せず

心の中は依然、苦に満ちたまま

ということになるらしいのです。

 

 

この女性は、マネージャーに八つ当たりし

汚い言葉使いでグチを吐くことで

思いきりシーラを破っていたのでした。

 

 

グチというのは、言っている本人は

一時的な開放感を感じるかもしれませんが

「苦」から完全に抜け出せることはなく

周囲にも「苦」の波動をまき散らしています。

 

 

他人を傷つけるときに心に生じる

マイナスの感情や心の汚濁は

実は、その人自身をも傷つけ

苦しめるものになる。

 

 

これは自然の法則。

 

 

ヴィパッサナ瞑想は、10日間コースを

数多く達成することが目的ではなく

この瞑想から学んだ叡智を

生き方、在り方として自身に統合し

心を浄化することで、安らぎと調和に満ちた

幸せな日常生活を送れるようになることが

本来の目的である、ということ。

 

「苦からの解放」「真の解脱」という境地には

誰かに運転してもらっても到着できず

痛くても辛くても、自分の力で一歩一歩

着実に進んでいかなければならないということ。

 

 

この日目撃したことは、これらのことに

改めて気づかせてくれた

貴重な目撃体験となったのでした。

 

 

何事からも学べることに気づくと

全ての人が私の師となるんだな、、、。

 

ヴィパッサナ瞑想

 

(続く)