ヴィパッサナ瞑想記 in カリフォルニア 5

 

Day 6

 

前日にパゴダで感じた全身の感覚によって

すっかり瞑想の流れに乗ったと思い込んだ私は

この日、瞑想開始の時間になると

すでにワクワクしていました。

 

 

あの電流の流れるような微細な感覚が

また全身に感じられることを期待して。

 

 

しかしなぜかこの日は、瞑想しても

あの時のような感覚が感じられず

出てくるのは雑多な感覚と、それに伴う

心のおしゃべりばかり。

 

 

なんであの感覚が感じられなくなったんだろう、、、

 

やっぱあれはパゴダ・マジックだったのかな、、、

 

このホールはパゴダと違って、雑音も多いしなぁ、、、

 

 

瞑想ホールでは、参加者達の咳や鼻水の音に加え

コンコンコンコンコンコンコンコン!!という

キツツキがくちばしでホールの壁をつつく音が

大音量で響き続けることが度々あり

それが私の神経を逆撫でして集中できないという

とてもハードルの高い試練がつきまといます。

 

 

キツツキに対し、勝手にいらだちと嫌悪感を

募らせる私、、、。

 

 

あまりに集中できず、気分をリセットするために

外で休憩中 、ふと、またもや自分が平静さを欠き

渇望や嫌悪の反応に陥っていたことに気づきました。

 

 

昨日のような、あの特定の心地よい感覚を

追い求めるという「渇望」。

 

そしてそれを感じとれない事や

さらにはキツツキにまで及ぶ「嫌悪」。

 

 

また無意識に反応してしまっていた、、、、!!

 

 

まぁでも、その事実に気づけた分

これもまた「進歩」だと思い直し

ここ抜け出すには 、平静さを保って

客観的に感覚を観察し続けるしかないことを

心の中では冷静に、そして即座に気づける

自分がいました。

 

そして、それが私にとっての最大の課題であることも。

 

ヴィパッサナ瞑想

 

ホールの外で長めの休憩をしつつ

これまでに聞いたゴエンカ師の講話や

ティーチャーに質問した時の答えなどを

記憶の奥からたぐり寄せました。

 

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・ヴィパッサナ瞑想においては

「心地いい感覚」は良くて

「心地悪い感覚」は良くない

という錯覚を捨てることが大切。

 

・代わりに「平静さを保てること」が良いことで

「平静さを保てないこと」が良くないこと

という理解をもつこと。

 

・人の身体が、長時間不自然な姿勢を取っていると

筋肉のあちこちにコリを生じてしまうように

心も、長期間にわたって不自然な在り方をしていると

その中にしこり(執着)を生んでしまう。

 

・心に新しいしこりが生まれるたびに

古いしこりは、奥へ奥へと追いやられてしまい

どんどん蓄積していってしまう。

 

 

・平静に、そして客観的に、その瞬間身体に生じる

「感覚」を観察し、それに対する反応をやめることで

新しい執着癖(しこり)を取り除くことができる。

 

・そうしたら、過去に蓄積された執着癖が

「感覚」を伴って 身体の奥深くから

順番に表面に浮かび上がる。

 

・その「感覚」を客観的に観察し

それに対しての反応をやめることで

その古いの執着癖(しこり)をも

順番に取り除ける。

 

・このプロセスをひたすら

忍耐強く続けていくことこそが 、心の浄化であり

潜在意識のデトックスプログラムになる。

 

・瞑想者は、このことをしっかりと理解し

瞑想中に時々感じられる、全身に流れる電流のような

微細な心地よい感覚をもって

「瞑想の最終地点に到着した」と勘違いをせず

その先に続くプロセスを進み続けねばならない。

 

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私の心の内部には、まだまだしこりがあるので

それらが雑多な感覚を伴って

身体の表面に浮かんできていたのは

そのしこりを取り除く絶好の機会。

 

しかも同時に、デトックスプログラムが

上手く働いているという「良いサイン」でもあったのです。

 

それなのに、その事実を見落として

昨日感じた心地よい感覚を追い求め

新たな心の執着(しこり)を生んでしまった自分に

またもや「喝」!

 

 

さらにこの日は、その後の瞑想でも

同じ「喝」が何度も入ることに、、、。

 

でも、こうしてその度に気づけることは

私にとって着実に、大きな進歩となったのでした。

 

 

学びはまだまだ続きます。

 

 

(続く)