アースシップ創立者、「ゴミの戦士」マイケル上陸。
思い起こせば、あれは確か、2012年の秋。
まだサンフランシスコのマッサージサロンで働きつつ
パーマカルチャーやサステイナブルなどという言葉が、
私の日常にはあまり入ってなかった頃だった。
パーマカルチャーに詳しい友達に紹介してもらって
ニューメキシコ州のタオスという町にある
とある場所を、旅の途中に訪れた時。
私の中で、全く予期せぬ形、予期せぬタイミングで、
強烈な変容が起こってしまった、、、。
忘れもしないどころか、未だ私の心の中に
鮮明な体験として残り続けている、あの体験。
それは、、、
*当時の話はこちらから。
あの時の体験が、強烈に私の魂に揺さぶりをかけ
サステイナブルなライフスタイルというものに
一気に惹かれるようになった私。
あれから5年の時を経て、色々な体験を重ねる中で
パーマカルチャーや、自然と調和したライフスタイルに
ますます興味が出てきている矢先、、、
なんと、昨年の秋、徳島県の美馬市というところに
アースシップを作るためのクラウドファンディングが
始まっているということをネットで知りました!
(サイトはこちら。*企画は終了)
こ、こ、これは、、、、!!!
本当にあのアースシップのことなんだろうか、と
何度も注意深く読み返す私。
さらにびっくり仰天だったのが、なんと
アースシップの創立者であり、天才的なヴィジョナリー、
建築家のマイケル・レイノルズ氏を徳島に招き、
講演会とワークショップをする企画もあるという、、、!!
これは、本当にあのアースシップだ!!
や、やばすぎる企画だ、、、!!
しかも、講演会もワークショップも無料だなんて、
一体どういうことーーー!?
もちろんのこと、速攻でクラウドファンディングをし
マイケル氏の講演会に行くための日程も抑えた私。
さらに、このプロジェクトを企画していた
倉科智子さん(以下ともちゃん)とは
共通の友人も多いと分かったので、友人を介して
すぐさまコンタクトをとり、何度かやり取りするうちに
すっかり意気投合!
「手伝えることは何でもするから、遠慮なく声かけてね」
とお伝えしていたところ、、、、
なんと、徳島へ向かう数日前に、メールにて
マイケル氏の滞在中のアテンド係をしてほしいという
こちらもびっくりなお役目をいただくことに!
サステイナブル界のスーパー・レジェンドと
まさか日本でお話しできるなんて、、、!!
実は5年前、アースシップで変容してしまった私は
その後、アースシップ・アカデミーに入って
マイケル氏の元で色々学んでみたいなぁと
本気で思っていたことすらあったのですが
当時は労働ビザの関係で、それが叶わず。
だけど、時を経て今、あの叶えそびれた夢が
封印が解かれるがごとく、情熱とともに
再び、人生に再来することに、、、☆
強く願った夢は、いったん執着を手放しても
また、違うタイミングで戻ってくるんだなぁ。
行く前に、マイケル氏を題材にした映画
「Garbage Warrior(ゴミの戦士)」を再び観て
あらためて、彼のワイルドかつファンキーな生き方
クリエイティブな発想と、仲間を巻き込んでの実行力、
そして地球の未来を真剣に考える在り方に、
感銘を受ける私。
マイケル氏の人間力がたっぷり詰まった
ドキュメンタリー。
大学で建築を学び、建築家の免許を取ったものの、
現代の建築スタイルが、地球の持続可能性を考えず
望ましくない方向に私たちを導いていることに
早くから気づいた、若き頃の彼。
さらにニュースなどで、エネルギーの問題や
水不足、地球温暖化、人口増加のことなど、
世界の情勢を知る中で、次第にこれらのことを
自分ごととして捉え始めることに。
アメリカン・ドリームは、もはや、大きな家に住み
地位やキャリアを得るなんてことではなく
どうやって子供たちや孫たちの世代が
未来に存在できるか、ということに
とって変わってしまった。
地球はもう、崖っぷちまで来ている。
自分たちの暮らしを、そして地球の未来を守りたい。
今、早急に、何かしないと、、、。
1971年、まだ高度経済成長の真っただ中、
マイケル氏はお金をかけずに、楽に建物を作るべく
捨てられた空き缶などで家を建てるという
前代未聞のプロジェクトをスタートします。
その後、どこにでも捨てられているタイヤに目をつけ
素材として、断熱効果があるのでは、とひらめき
実験的に試行錯誤しながら、タイヤで家を作ったところ、、、
びっくりするほどの断熱効果を体感することに!!
分厚いタイヤの壁が、太陽の熱を蓄えてくれることで
部屋を保温をしてくれることに気づいたのです!
これで勢いに乗った彼は、タオスの町のはずれに
キャッスル・コンパウンドという実験場所を作り
1976年ごろから10年ほど、そこで様々な建物を作ります。
「失敗を積み重ねることで、人は進化するんだ。」
人と違う見方をする、アイデアの持ち主である彼は
周囲の視線は全く気にせず、ひたすら試行錯誤を続け
強烈かつ革命的な日々を過ごすことになりました。
そしてこの時期に、風力発電とソーラー発電を搭載し
壁には断熱効果の高いタイヤや空き缶を利用し
雨水を利用して食べ物の育つグリーンハウス付きの
完全にオフグリッドの、アースシップ1号も生まれたのでした。
この家は、自分に必要なものを、すべて与えてくれる。
もう、生活費のために働く必要などないんだ、、、。
完全なオフグリッドハウスは、マイケルに
この上ない自由と感動を与えてくれたそう。
その後、数々のアースシップを実験的に作っては
興味のある人に売っていたのだけれど、
室内が熱くなりすぎたり、下水の問題が起きたり
屋根の水漏れなどで、訴えられてしまうこともあり
90年代後半には、建築家の免許も失ってしまうことに。
想像したことをすぐに実践することや
失敗する自由、そして、失敗から学ぶ権利を
長いこと、失ってしまったマイケル氏。
けれど、長年にわたる政府との交渉の結果
2004年には、タオスの町でアースシップを
作っていいという許可が出ることに。
さらには、ニューメキシコ州からも
サステイナブル建築の実験をしていいという許可を
得ることに成功したマイケル氏。
「一般の市民が法律の外に出るのは過激だけれど
法律の外にこそ、インフォメーション(叡智)が
あるんだ。」
型破りな実験家である彼が、苦労の末勝ち取った
この権利のおかげで、アースシップのプロジェクトは、
その後、さらに躍進することに。
数々のアースシップをタオスの実験エリアに作り
さらに、津波の被害にあったインドの沿岸の町でも
人々がインフラがなくても快適に暮らせるよう
現地の人たちとアースシップを作っていた彼。
そんな活動が知れ渡り、なんと2006年には、
建築家のライセンスを再び手にして良いという
許可も出ることになったのです。
そして今や、世界のあちこちで、アースシップの
コミュニティができ、多くの人たちが
この技術を学んでいます。
そんな彼の背景を知りつつ、ワクワクMAXで
いざ、秋の深まる徳島へと向かった私。
そして、そこから、全く予想もしていなかった
展開が待っているとは、この時は知る由もなく、、、。